ご挨拶 ――2016年追悼写真展に寄せて

──お父さんの写真は、ぼくらの在日2世、3世の財産やで。
父の葬儀を終えた数日後、自宅に弔問に来てくださった方の言葉だ。私は救われるような思いがした。父の写真がこんなに人々に大切に考えていただけたということを伝えられ、感激し涙があふれた。
父は、その4か月前に亡くなった妻を追いかけるかのように、この春、静かに息を引き取った。近年は寺社の朝鮮とのかかわり等について研究に取り組んでいたが、母の死後はひどく消沈し、心も体も急激に衰えていった。聞きたいことや話したいこともまだまだたくさんあったが、叶わずに旅立ってしまった。母に続いて父を看取り、私は深い喪失感、悲しみに陥っていた。
そんな中、もう一度父の写真展を地元で開催する運びになったことは、とても大きな励みになった。父にゆかりのある方々とお会いし、父の猪飼野の写真がいかに貴重なものであったかを再確認することができた。今回の写真展を提案し、様々な手配をして支えてくださった全ての方々に、深く感謝したい。
私が生まれる前、父は夫婦で天満に小さな衣料店を営み、同胞の結婚式の記念写真撮影なども生活の糧としながら、店の切り盛りの傍らで街に出て写真を撮っていた。「何かに突き動かされるかのように、カメラを担いで毎日どこかへ出かけて撮影していた。」と母が話していた。幼いころのかつての家は、雨漏りのする長屋続きの小さな家だったが、台所の横には暗室があり、この小さな部屋で父はいつも夜遅くまで写真を焼いていた。私もほんの数回入り、酸っぱい匂いのする暗闇の中、微かな光の下で水の中の印画紙から画像が浮き出るのを見せてもらい、わくわくしたのを覚えている。
写真もよく見せてくれた。分厚く重たい様々な写真家の作品集、そして父の撮った写真もだ。壁に刻まれた朝鮮語の文字。炭鉱で撮られた写真だった。全国各地の被差別部落の写真。小さな家で内職する家族、集会で集まる大勢の人、ゼッケンをつけた子どもたち、屠場の厳しい労働、草履作りなどの地場産業で細々と暮らす人々、しわが刻まれた手……私にはその印象的なモノクロの画像がいくつも記憶に焼きついている。今思えば、「こういう視点で社会を見られる人になれ」と、教えてもらった気がする。しかし、その父も一時、写真から離れた生活を始め、家族の中では辛く困難な時もあった。私は父と衝突ばかりする時期が続いた。
時を経て父の写真の意義が見いだされると、それらが資料として、あるいは冊子の中のいくつかの象徴的なカットとして採用されるようにもなった。
猪飼野の写真は、1996年に「統一日報」で1年間続いたコラム記事「猪飼野フラッシュバック」で掲載され、多くの反響があった。その後2003年にやっと写真集として出版され、写真展は御幸森小をはじめとして区役所、区民センターなどでも行われ、多くの人々が訪れた。ここ御幸森小では、夕方からでも地元の人々が買い物や銭湯の帰りに立ち寄り、写真を見ては懐かしみ、指をさして嬉しそうにおしゃべりをしているほほえましい光景が何度も見られたそうだ。
写真が多くの人々に愛されたということ、こんなに素敵なことはない。父は晩年には自分がかつて撮影した多くのフィルムネガを整理し、大量に処分してしまったが、数少ない中で残っているのがこの「猪飼野」だ。
父が亡くなった後、このフィルムネガがそのまま束ねて保管されていたものを見つけた。整理をし、劣化を避けるために業者に依頼しデータ化した。ここには写真集には入っていなかった未公開の画像がまだ多数ある。当時の政治状況を物語る横断幕。チマチョゴリの制服で通学する女学生たち、橋のハングルの落書き、雨降る夜の朝鮮市場、ヘップサンダルの廃材、廃品回収する老人、乳母車で眠る赤ん坊。かつてよく街角で見かけたハルモニたち、足元のコムシン。風になびく洗濯物、もやしの樽、二つの名前の表札、朝鮮式の葬儀。そして、橋の上を交差する人々、路地や平野川のそばで遊ぶたくさんの子どもたち。日本人も朝鮮人もいる。どれも生き生きとした当時の生活そのものだ。
仕上がったディスクを初めて再生したとき、驚いたと同時に、震えるほどに感動した。たくましい人々の姿。厳しい時代、だけど懐かしい光景の数々。
その時代に生きた方々にこそ、もう一度これらを見ていただきたいが、あまりに年月がたってしまった。今回は未整理であるが、会場にてスライド上映するので、ご来場者の皆様にもご覧になっていただきたい。
父は猪飼野の写真が「在日の歴史と実存を語らう架け橋となり得れば幸い」と語っていた。その思いを今ふたたび、ここ地元にて実現できることをきっと喜んで見守ってくれているに違いない。
少年時代、10歳で言葉もわからない異国に渡ってきた父。先に出稼ぎに来ていた父親を追って渡日。ちょうど、済州島では島民の蜂起への弾圧があった年、1948年だった。祖国に母親ときょうだいを残し、友人とも別れ、父親と姉と三人での暮らし。多感な思春期をここ猪飼野、そして広島を渡り過ごした。祖国では続いて朝鮮戦争が起こり、その後も政治的に不安定な状況が長く続く。朝鮮人差別が厳しい時代に青春を生き、この中で、私なんかには語りきれてない様々な苦い経験もしただろう。そのことが父の人生に大きく影を落としたであろうと、今でこそ思いを馳せることができる。
「写真に写っているオモニたちは瞼の母の幻影、少年たちは自分の分身であった」と父は写真集のあとがきで語っていた。父だからこそ撮れた写真の数々。父の、やさしく、時に怖いほど鋭くなるあの眼差しで、シャッターを切っていたのだろうか。若い父が一眼レフを構えている姿が思い浮かぶ。小さいころ、何度も何度も見てきたが、しばらく忘れていた姿だ。
私もかつて中学生時ここを毎日通学途中、切ない思いで通っていた。今、親の世代となり、同時に日本社会で働くひとりとなっている。今日を生きる新たな世代にとっても、我々の根っこ、歴史をたどる機会になればとも思う。
最後に、本展の開催のために多大なご尽力をいただいた皆様、後援､協賛、協力を賜りました関係各位に心からお礼を申し上げます。
　　　2016年11月　 　曺智恵

天日槍を追った在日の写真家逝く
――嶋村初吉さんのブログ(2016年8月26日)より

糸島半島(福岡県)に可也山がある。「可也」は、朝鮮の古代国家、金官伽耶にちなんだといわれ、山名に朝鮮渡来人の足跡が反映しているといわれる。秀吉の朝鮮侵略で、朝鮮側に転じた加藤清正の鉄砲隊長、沙也可の「也可」は可也山からとったそうである。望郷の思いからである。
今日、糸島に行き、可也山を眺め、思い出した人いる。大阪に住む在日一世の写真家、曺智鉉(チェ・チヒョウ)さんである。新羅の国王の子・天日槍(天之日矛)の足跡を追った『天日槍と渡来人の足跡』（海鳥社）を刊行するとき、福岡で会い、出版までの経緯を聞いたことがある。
天日槍は赤留比売を追って、日本に渡り、西日本各地を転々とし、最終的に出石(兵庫県)に留まる。その足跡を追い、各地を撮影して回った曺さんの執念に驚いたが、そのこだわりは、自身のルーツを訪ねる旅であったと推測する。
出版後、福岡市内で曺智鉉さんの講演会を、私が主宰する「九州の中の朝鮮文化を考える会」主催で開き、著作の狙いを聞いた。『天日槍と渡来人の足跡』には古代史研究の大家、上田正昭先生(京大名誉教授)が解説を寄せられ、曺智鉉さんの熱心な研究心と現地探訪の労を称えていた。
曺智鉉さんは済州島出身。10歳のとき、4・3事件(1948年)の弾圧を逃れて密行船で日本に逃れ、単身出稼ぎで渡日していた父親がいた大阪・猪飼野に落ち着いた。どのようにして写真家になったか知らないが、『解放新聞』に掲載した被差別部落の写真が出色で、三一書房から出版されている。部落のなかで生きる人々、その生業など記録性の高い写真集である。在日の集住地である猪飼野(いかいの)で暮らす、60年代の同胞の姿も写真集にした。
その曺智鉉さんが今年4月亡くなっていることを、解放新聞(電子版)で知った。享年78。大阪に行く機会があったとき、何度か連絡したが、体調不良から会うことが叶わなかった。ご冥福を祈りたい。ダンディな姿が、いまも目に浮かぶ。